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宮崎地方裁判所 昭和61年(ワ)322号 判決

原告 宮崎県住宅生活協同組合

右代表者理事 中小路安行

〈ほか一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 吉良啓

同 小城和男

被告 島中保

主文

一  被告は、原告前山に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六一年五月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告前山のその余の請求及び原告宮崎県住宅生活協同組合の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告宮崎県住宅生活協同組合と被告との間に生じたものは同原告の負担とし、原告前山と被告との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告前山、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一五〇万円及びこれに対する昭和六一年五月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告らに対し、宮崎日日新聞に別紙一記載の謝罪広告を別紙一記載の条件で一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外宮崎住宅生活協同組合(以下「宮住協」という。)は、「組合員の生活に必要な宅地を造成し、又は購入し、若しくは借受けて組合員に分譲し、又は賃貸する事業」等を営んでいたもの、原告前山は右組合の理事長であったものである。

2  宮住協は、昭和六〇年一〇月一日原告宮崎県住宅生活協同組合(以下「原告組合」という。)に吸収合併され、宮住協の権利義務関係は原告組合が包括承継することとなった。

3  被告は、もと宮住協の理事であったところ、昭和五九年一〇月三一日付をもって同組合を退職した。

4  宮住協は、被告に対し、一七一八万八〇〇〇円の退職金を支給したが、被告は、原告前山あて、退職金が少ないので増額支給するよう要求し、「右要求に応じられない場合は、理由のいかんを問わず、訴訟費用等の損害金を含めて慰謝料等を請求するとともに、貴殿の一連の専決について問題点を内外に明らかにする。」旨の昭和五九年一一月七日付文書を送付した。

5  宮住協が被告に対し何らの回答をしなかったところ、被告は、原告前山あて「貴殿に全く誠意が認められず、精神的、肉体的苦痛を受けたので、慰謝料として五〇〇〇万円を昭和六〇年一月末日までに支払うよう通告する。」旨の同年一二月二二日付内容証明郵便を送付した。

6  宮住協が右要求についても回答しなかったところ、被告は、宮崎県知事松形祐堯あて、別紙二記載のとおりの同年八月一〇日付告発書(以下「本件告発書」という。)を提出するに至った。

7  被告は、宮住協の専務理事をしていたもので内部事情に詳しく、本件告発書の内容が虚偽であることを精通した上で、前記告発をなしたものであるところ、被告の右告発により、監督官庁である宮崎県消費生活課から原告組合に対し右告発内容の真偽につき事情聴取が行われるなど、原告両名の名誉及び信用が著しく毀損されることとなった。

8  よって、原告両名の精神上の損害に対する慰藉料はそれぞれ三〇〇万円を相当とするが、原告両名は右慰藉料のうちそれぞれ金一五〇万円及び訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、また、原告両名の名誉及び信用回復のため別紙一記載の謝罪広告を宮崎日日新聞に掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、4ないし6の事実は認める。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実のうち、被告がもと宮住協の理事であったことは認めるが、その余は争う。

4  同7、8は否認若しくは争う。

三  被告の主張

被告は、昭和五九年三月中旬冠不全のため入院し、自宅療養をしていたところ、同年六月以降の役員報酬を不当にも停止され、借入金等の支払いも滞り、日常生活も困難となったので、同年一〇月やむなく辞任届に押印した。しかるに、退職金の清算はもとより未払いの役員報酬も支給されず、辞任に対する理事会承認の議事録を請求しても送付されず、再三の要求に対しても一片の事情説明もしないので、被告の名誉は著しく毀損され、かつ、精神的苦痛を受けたので慰謝料の請求に及んだものであり、何ら違法な点はない。また、本件告発は、原告らに対し、再三にわたり要求や警告をしても何らの説明も回答もなく、一年以上も期間が経過したので、やむなく告発したものであり、不法行為となるものではない。

四  被告の主張に対する原告らの認否

争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1、4ないし6の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、宮住協が昭和六〇年一〇月一日原告組合に吸収合併され、原告組合が宮住協の権利義務を包括承継したことが認められる。

二  被告の本件告発行為が原告らの名誉を侵害するものであるかについて判断する。

本件告発書の内容は、宮住協の理事長であった原告前山が理事会の運営を無視し、組合員を裏切り、不当な合併をしたが、これは背任行為であり、消費生協法に基づき厳重処分するとともに、行政監督の立場から必要な措置を取ってほしいというものであり、明らかに原告前山の名誉を侵害する内容をもつものである。

しかし、原告組合の名誉をも侵害するかについては、本件告発書の中には原告組合や宮住協を具体的に非難するような記述はなく、また、本件告発書の趣旨は原告組合や宮住協自身を告発したものではなく、宮住協の理事会を運営していた原告前山の経営責任を追及するために告発したものと解されるから、原告組合の名誉を侵害するものとは認められない。したがって、原告組合に対する請求はその余の点を判断するまでもなく、理由がない。

三  そこで、原告前山に対する名誉侵害が不法行為となるかについて判断する。

1  告発に至る経緯

前記争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  宮崎県内には、宮住協、延岡住宅生活協同組合、日向住宅生活協同組合、宮崎県住宅生活協同組合連合会の四つの住宅生活協同組合(以下「住宅生協」という。)が存在していたが、住宅生協の経営が悪化したことから、統合合併して体質を強化しようという機運が高まった。

そのため昭和五七年一二月八日統合合併の受皿生協として原告組合が設立された。昭和五九年三月には宮崎県住宅生活協同組合連合会の解散総会を開催し、同年四月一日清算法人は原告組合に営業譲渡した。宮住協は同年五月二五日の総代会において統合合併のための業務委託契約を原告組合との間で締結する旨の決議をし、同年六月一日宮住協と原告組合との間で業務委託契約が締結された。

原告組合は事業を開始し、昭和六〇年一〇月一日には宮崎、延岡、日向の各住宅生活協同組合を吸収合併した。

(二)  原告前山は宮住協の理事長、被告は専務理事として統合合併の作業に参画した。被告は、宮住協を受皿生協として他の生協を吸収合併し、その後に名称を宮崎県住宅生活協同組合と改称すれば良いと考えていたが、住宅生協運動を指導している宮崎県労働者福祉団体中央会(以下「中央会」という。)の採用するところとはならず、このことに被告は不満を抱き、具体的な統合計画作業の実行で中央会の方針と対立することもあった。そのため、被告は、統合計画作業の心労などがつのり心筋梗塞を起こし、昭和五九年四月末まで入院し、八月まで療養した。

(三)  被告は、昭和五九年五月一〇日宮住協の理事会において専務理事を辞任したい旨口頭で意思表示をしたところ、理事会は同月二五日これを受理し、非常勤の理事にするとともに中央会付きとした。宮住協は被告が非常勤の理事になってからは、常勤理事以外は無報酬であるとの理由で役員報酬を支給しなかった。

被告は、同年六月から役員報酬の支給がないため、自分の出身母体である全電通の宮崎県支部委員長で宮住協の理事でもあった北別府兼政を通して役員報酬の支払いを要求した。しかし、宮住協が応じないので、被告は、宮住協の理事を含め、一切の役職を辞任することとし、退職金の二〇割増し、辞任までの役員報酬の支払いなどの交渉を前記北別府に委任した。宮住協は、北別府との交渉で中央会常勤役員退職金規程に基づき退職金として一七一八万八〇〇〇円、常勤役員ではないため役員報酬の支給ができないので中央会から生活保障金の名目で半年分の年俸に匹敵する三九四万円、退職金加算の趣旨で福祉学園から慰労金の名目で一〇〇万円の合計二二一二万八〇〇〇円を支給することとした。北別府が被告にこれを説明したところ、被告は、生活保障金と慰労金を退職金の割り増しの趣旨に受け取り、このほかに辞任の日までの役員報酬が貰えるものと思い、これで一切の諸要求を放棄し、すべてを解決することとし、宮住協の理事を含む一切の役職を同年一〇月三一日付で辞任した。

(四)  宮住協が前記二二一二万八〇〇〇円を被告に送金したところ、被告は、役員報酬の支払いが含まれていなかったので憤慨し、同年一一月七日付で原告前山あて、辞任までの役員報酬の支払いや理事会の議事録等を要求し、これに応じないときは別途慰謝料等の損害賠償を請求するとともに原告前山の一連の専決についての問題点を内外に明らかにするとの書面を郵送した。更に、同年一二月二二日付で慰謝料として五〇〇〇万円を要求する書面を郵送した。しかし、宮住協は右要求を無視したので、被告は、昭和六〇年四月には宮崎県労政課や消費生活課に行き、宮住協の統合合併は違法であり、行政指導を求める行動をした。その後も宮崎県に働き掛けたが県が具体的行動に出ないので、同年八月一〇日付で県知事松形祐堯あて別紙二記載のとおりの内容の告発書を提出した。被告は、その後も同年一一月一三日付で、県知事あて同趣旨の告発状を提出したが、県は具体的行動には出なかった。

2  告発書記載の事実の存否

(一)  原告前山が勝手に職員を解雇したとの点について

《証拠省略》を総合すれば、宮住協が原告組合と合併するに際しては、宮住協の職員の人員の削減の必要があったが、希望退職に応じた者を除き全員原告組合、関連生協において雇用していることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  単協業務のすべてを委託契約も締結せず原告組合に委託したとの点について

《証拠省略》を総合すれば、昭和五九年五月二五日宮住協において通常総代会が開かれ、「原告組合への業務委託承認の件」が可決承認され、同議決に基づき、同年六月一日付で宮住協と原告組合の間で業務委託契約が締結されたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  統合のための臨時総会の開催、決議の方法について

《証拠省略》を総合すれば、総会開催一か月前に各組合員あて総会開催案内通知をしたうえ臨時総会を開催して審理して決議されたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

3  前記認定事実に基づき、原告前山に対する名誉侵害が違法性を阻却するかについて判断する。

本件のような告発は、住宅生協の運営に不当な点があり、公益を害しているような場合に、行政当局をして監督権を発動させ、適正な住宅生協の運営を確保させるうえにおいて有用ではあるが、反面、告発された者の名誉を侵害し、行政当局から事情聴取を受けるなど種々の負担を強いさせるものであるから、告発をするに際しては、十分な根拠に基づき、慎重になされるべきは当然であって、告発された事実が真実でなかった場合には原則として違法性は阻却されないものである。ただ、告発する側の調査能力と告発のもつ有用性とに鑑み、仮に告発された事実が真実でなかった場合でも、私利私欲の為でなく専ら公益を図る目的で告発した場合で、告発する側で可能な調査をし、その結果によれば告発した事実の存在が通常人の判断において確信しうるような場合には、誤信したことに相当な理由があるものとして違法性を阻却するものと解すべきである。

そこで、本件について具体的に検討するに、本件告発書の内容には事実と相違する部分が多く、右相違部分は、被告が宮住協の専務理事として住宅生協の統合問題に深くかかわっていたこと、専務理事辞任後も非常勤ではあるが理事であったことに照らすと、調査をすれば確かめることが可能であったと思われる。また、本件告発に至る発端は、被告の宮住協の退職の条件について、退職時までの役員報酬が別に支給されるかについての意思の不一致にあるが、このような紛争を解決するには民事裁判によるべきである。本件は、自分の要求が受け入れられないことから、告発に及んだものであり、私利私欲の為でなく専ら公益を図る目的であったとは到底認められない。

以上の点を総合考慮すると、本件の名誉侵害は違法性を阻却するものではないといわなければならない。

四  被告は原告前山に対し、名誉を侵害したことにより慰謝料を支払うべき義務が認められるところ、その額は前記認定事実に照らすと、金三〇万円をもって相当と認める。原告前山は更に名誉を回復するために謝罪広告をも求めているが、本件が県知事に対する告発という一般の人に知られない形のものであったことを考慮するとその必要性があるとまではいえない。

五  以上によれば、原告前山の本訴請求は、金三〇万円及び不法行為後である昭和六一年五月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、右限度で認容し、その余は失当として棄却し、原告組合の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 草野芳郎)

〈以下省略〉

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